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飯田市立飯田東中学校

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飯田東中学校

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2009 年 6 月 のアーカイブ

心と心が呼応したステキな壮行会

ca3a08951 12日(金)の放課後、中体連下伊那大会壮行会が行われました。

 応援団長M君の校旗先導のもと、吹奏楽部の皆さんが演奏する「栄光の架け橋」のメロディーに乗せて(吹奏楽部の皆さんのご苦労とがんばり、本当に立派でした。ステキな演奏をありがとうございます)、選手団は堂々と体育館に入場しました。大人っぽい体つきの3年生選手の中に混じって、かわいらしい姿の1年生選手もちらほらと見えました。

 

ca3a0903 エール・応援歌・校歌の後、各部代表の挨拶がありました。各部とも、工夫とやる気と緊張感に満ちた挨拶が続きました。見ていて、本当に清々しい気持ちになりました。以前にも書きましたが、「本物の中学生が、やはり東中にはいるなあ」と再確認しました。

 北澤校長先生からは、大変大きく力のこもった声で、選手団への激励の言葉がありました。

 

ca3a0905 一つ 勝負にこだわれ

 一つ 下をむくな

 一つ 歯をくいしばって、球を拾え、球を追いかけろ

 一つ 眼光鋭く 相手をにらめ

 一つ 走って 走って 走り抜け

 一つ 負けたら悔いが残る 勝利にこだわれ しかし、敗れて結果が出たなら、堂々と学校へ帰れ

 選手の皆さんにはぜひ、この言葉を肝に銘じて、それぞれの競技で、それぞれのせい一杯を尽くしてほしいと強く願います。

ca3a0901 選手団代表のS君からは、選手団降壇直前、中体連下伊那大会の「応援ポスター」を描いてくれた美術部の皆さんへのお礼の言葉もありました。このことは、本校の学校目標の1つである「愛他」の気持ちが、まさに呼応した瞬間であったと思います。こういった雰囲気のあふれる学校の部活動こそ、「真の勝利者」たる資格があるのだと思います。

 がんばれ、「真の勝利者」たる資格を持つ、東中生。

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根源を尋ねる ―福島稔先生のご逝去を悼む―

ca3a0907 本校職員室後の掲示板の片隅に、1枚の色紙額が飾られています。そこには、次のような言葉がしたためられています。

 「前のやり方を ただ続け伝えるでなく その根源を尋ね 伝承する  福島稔」

 本校に奉職したあまたの教職員が、この1枚の色紙にしたためられたこの短い言葉に、多くの啓示や勇気、やる気と気迫、自己再生への活力を与えられたに違いありません。執筆子自身、先輩のある先生から、この色紙との感動的な出会いのお話をうかがったことがあります。そして、執筆子自身、この言葉によって、本校での教育活動への取り組みに大きな示唆をいただいた一人でもあります。

fukushima この色紙の言葉を残された福島稔先生は、本校第7代学校長(昭和51年~54年)を務められた方です(その後、飯田市教育長をお勤めになられました)。その福島先生が、6月9日(火)に90歳の天寿を全うされ、浄土に旅立たれました(ご葬儀は、12日(金)市内伝馬町の西教寺で営まれました)。

 今日のご葬儀前、ご火葬に向かわれる際には、本校傍をお通りになったそうです。その時、福島先生の遺影は、本校を見つめながらお通りになったそうです。特別な思い入れを、飯田東中学校に寄せておられた由、職員連絡会で学校長より伝え聞きました。

 福島先生が学校長をお勤めになられた時期は、本校創立30周年の時期にあたります。まさに本校が、人生における「中堅」とも言える年齢にさしかかった時期と重なります。そんな時、福島先生は「歴史に学ぶ」ことの大切さを、あの短い言葉の中に凝縮して表現され、後世に続く者のために残されたのだと思います。

 本校では、良いにつけ悪しきにつけ「伝統」と言う言葉が、極めて大きな意味を持ちます。そんな本校においては、「伝統」というものをどのように捉えるのかは、本校における教育実践の成否を握る問題と言えます。そんな時、「伝統とは何か?」を、「今」だけを見つめて考えていても、何ら本質的な見解は得られないのではないかと思います。やはり私たちは、「その根源を尋ねること」=「歴史に学ぶこと」によってしか、「今」と「これから」を考える「羅針盤」を見出すことはできないと思います。単純な意志決定を拒む現代社会においてはなおさら、教職員の歴史眼の確かさが求められるのではないかということを、福島先生の残された言葉は、静かにしかし重く、私たちに問いかけているように思われてなりません。

 福島稔先生のご冥福を、心よりお祈り致します。

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東中の宝② ―「志道」―

0053_r 本校職員玄関入って左手の壁面に、雄渾な筆跡の大きな書額が掲げられています。書かれた文字は、「志道」の二文字。揮ごう者は、『飯田東中学校五十年史』によると、山岡鉄舟(1836~1888)。「幕末の三舟」(鉄舟のほかに、勝海舟と高橋泥舟)と呼ばれた、幕末維新期を代表する政治家・武道家です。

 「志道」とは、剣道の世界の言葉のだそうです。鉄舟自身、一刀正伝無刀流の開祖として知られる、剣の達人です。その鉄舟が、この「志道」の言葉を選び、書にしたためた真意は、どのようなものだったのでしょうか。また、この書の来歴はともかく、この書が本校の玄関に、旧校舎の頃から掲げられていたことの真意は、どのようなことだったのでしょうか。

ca3a0818001 想像力をたくましくすると、次のようなことが言えるかもしれません。「志道」とは、剣道における習熟の段階の、「もっとも初め」を意味する言葉です。その段階を紹介すると…

 ①志道(その道に志すこと)→②入門(その道の門をくぐること)→③初心(その道における初心者の段階)→④未熟(熟練の前段階)→⑤熟練(上達の前段階)→⑥上達(その道における上位に達した状態)→⑦絶妙・精妙(その道における一流の状態)→⑧円満(その道において満ちて欠けるところが一つもない状態)

sidou つまりは、学校と言う「学びの場」の「門」である玄関に、「志道」の額が掲げられているのは、「学ぼうとする意志を確かに持って、本校の門をくぐれ」という呼びかけに他ならないのではないか、ということです。

 明日は中体連下伊那大会です。3年生の皆さんにとっては、月並みな表現ですが、中学校生活最後の中体連夏季大会です。2年前、「志道」の段階を経て「初心」を持ち、やる気と意気に燃えて部活動に取り組み始めた時のことを思い出して下さい。そして、勝敗は別にして(もちろん、試合中は勝負にとことんこだわって下さい)、心根と気概において「円満」の境地で、部活動の締めくくりを行えるような、大会への参加を期待したいと思います。

(写真最下段は、旧校舎正面玄関に掲げられた「志道」の額。『飯田東中学校三十年史』より転載)

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「良い学校づくり」のための協同的な歩み

ca3a0891 10日(水)夜、本校1棟2階中会議室は、にぎやかで和やかな雰囲気に包まれていました。夜7:30から行われた、PTA学級学年部の研修会が行われていたからです。

 講師は、南信教育事務所飯田事務所指導主事・高坂徹さんでした。軽妙な語り口と、テンポの良い進め方、体験的な活動を取り入れた飽きさせない工夫で、1時間の研修の時間が、瞬く間に過ぎていきました。参加をされていたPTA役員(学級会長さんや副会長さん方)の皆さんも、これからのPTA活動で活かせる「お土産」をたくさん得られたのではないかと思われました。

ca3a0889 それにしても、PTA各部会の役員の皆さんには、本当に頭が下がる思いです。お勤めが終わってから、それこそ夕食真っ盛りという時間帯に、学校まで集まっていただき、その上、2時間近くの会議になることも、まれではない。まさに、本校の学校目標「自主」「愛他」の具現化された姿、そのものに思われます。本当に、ありがたいことです。「ともどもに歩む学校づくり」、あるいは本校校長が常々口にする「良い学校づくり」を、根幹で支える部分が、こういった保護者の皆さんの献身的なお姿です。

 

e5ada6e6a0a1e69599e882b2e79baee6a899 学校目標とは、その学校が目指すべき生徒の姿を端的に示したものです。本校の学校目標は「聡明」「自主」「愛他」の3つです。しかしこの3つは、単に生徒たちの目指すべき姿ではなく、私たち教職員はもとより、その生徒さん方を産み育て、また今後の伸ばし続けていただくご家庭においても、同じように実現を求められる生き方を示すものとも言えると思います。

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全校応援練習 ―「小さな自分」を捨てる―

ca3a0899 10日(水)の5時間目、全校応援練習がありました。全校生徒約250名の本気の声が、体育館にこだましました。

 ここ3週間ほど、応援団員の皆さんによる練習、各クラスでの応援練習が行われてきました。練習を積み重ねるごとに、声の大きさ、声の張り、集団としての音の勢いに格段の成長が見られました。今日はその成果の一端が、発揮されたと言って良いと思います。この成長を支えてくれた、応援団員の皆さん、指導にあたって下さった応援団担当のI先生、部活動係のN先生の努力に、心から感謝の意を示したいと思います。本当にありがとうございます。

ca3a0898 それにしても感心したのは、応援団長のM君の堂々とした団長姿と、きびきびとした指導ぶりです。M君自身、3年生として最後の中体連夏季大会に挑む身。だからでしょうか、選手の心根を充分にわかるからこその、説得力に満ちた指示・指導ができるのだと思います。学校目標の1つである「愛他」が基盤にあっての姿だと思わされました。

 12日(金)はいよいよ壮行会。生徒の皆さんの中には、まだまだ本気で声を出し得ていない人もいたと思います。その理由は、それこそさまざまでしょう。でも、ここはひとつ、「小さな自分」を捨てて、誰かのために本気になれる自分=「大きな自分」を生きることに、二度とない中学時代の「今」を、傾注してほしいと思います。

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「素直な心」と「確かな技」の実現するもの

ca3a0885 中体連下伊那大会直前の校舎内。確かに静けさに包まれている教室がほとんどです。しかし、2棟3階と4階だけは、そんな静けさとは無縁。むしろ、熱い盛りの体育館や校庭と同じく、熱い血潮ならぬ熱い音がこだましています。7月26日のコンクールにむけ練習に余念のない、吹奏楽部の皆さんがそこにいるから、です。

 ある教室では、1年生のK君がメトロノームを「伴走者」に、一心不乱にスネアドラムをたたく姿がありました。教室で見るK君とは、一味違う真剣さが漂っていました。

ca3a0887 またある教室では、木管楽器セクションの皆さんが、鳥のさえずりを思わせる音色(まだまだ、時にそうでない音色も聞こえますが…)で熱心にパート練習を行っていました。その隣の教室では、金管楽器セクションの皆さんが、本当に気持ちよさそうにそれぞれの楽器を奏でていました。

 

 

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 そんな様子を見終わって下の階に降りようと、ふと階段を見上げると…整然と並べられた吹奏楽部員の皆さんのカバンと上履きが目に飛び込んできました。こういった何気ないところへの心配りが、楽譜という複雑な世界に込められた、作曲者のさまざまなねがいや意図、気づかい・心配りをすくい取る「心の網」になるんだろうなあ、としみじみ思わされます。

 人を感動させる音楽というのは、楽譜の意味を正しく読み取ること=作曲者のねがいや意図、気づかい・心配りを正しく受け止めること、つまりそのことの核心である「素直な心」と、その受け止めたものを正確に表現する技能(歌い方・奏で方)、つまりは「確かな技」の両方があいまって、創造されるものだと思います。

ca3a0886 このことは別に、吹奏楽部の皆さんだけに求められることではなく、今、熱い血潮を体育館や校庭でたぎらせている、運動部の皆さんにも同じように求められるものだと思います。「素直な心」を常に持ち、「確かな技」を身につけるための努力を積み重ねたその向こう側に、「美しい音」や「感動的な結果」が見えてくるのではないでしょうか。

 

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たたかいは孤独なものにあらず ―みんなが支える下伊那大会―

ca3a0881 今週末、いよいよ中体連下伊那大会です。各部活とも、活動場所から離れたところで様子を見ていても、熱い血潮を感ずる、そんな月曜日です。選手の皆さんも補欠の皆さんも、また応援の皆さんも、それぞれが大切な「役目」を果たすひとり一人だということを肝に銘じて、月並みな言葉ですが、残りの日々を完全燃焼で過ごしてほしいと強く願います。

 

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 そんな熱気と活気にあふれる体育館と校庭と対照的な場所が、校舎内。その校舎内で、美術部の皆さんが、図書館前の掲示板に色とりどりのポスターを貼る姿がありました。

 「中体連応援ポスター」と題して、美術部の皆さんが手分けをして、中体連下伊那大会に参加する部活の皆さんへのエールの気持ちを込めた作品です。どのポスターにも、美術部の皆さんひとり一人の、仲間の活躍を強く願う思いが、色づかいや構図、ポスターのキャッチフレーズに込められています。

ca3a0884 中体連下伊那大会に参加する各部活の皆さんは、ここまで、他人には言えない苦しみや悩みを味わいながら、孤独に練習を積んできたこともあったと思います。しかし、大舞台が迫ってきた今だからこそ、ちょっと立ち止まって、心を落ち着けて、自分の周りを見回してみて下さい。校舎内の片隅に、派手ではありませんが掲示された「応援ポスター」のように、黙したままで雄弁にものを語らずとも、実は実は、下伊那大会に参加する皆さんを熱く強く応援する「ひと・もの・こと」が確かにあるはずです。

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「本物の中学生」が東中にはいる ―意見発表に思う―

dsc00237 今朝は全校朝会。各学年の代表生徒の皆さんによる意見発表がありました。

 入学前、クラスの仲間と良い関係を作れるか不安だった1年生のH君。小学校時代の苦い経験が心にひっかかっており、同じ失敗をくり返したくなかったとのこと。しかし、今のクラスでは、随所に支えあう姿、伸びあう姿があり、親しい仲間も増えたそうです。H君は、「このままのすばらしい状態が続いてほしい」と、クラスの副級長としてのねがいを述べてくれました。クラス目標「一致団結」の実現にむけ、「良さは磨き、悪いところは良さに変えていきたい」と、強い決意を語ってくれました。

dsc00241 2年生のM君。学業に励むことと1年生の良き手本となることを自身の立てた目標としつつ、学級担任の先生から示された「先を取れ」(武道における「機先を制す」から取られた言葉)を、今年1年間の指針とし、この3カ月の生活を送ってきたことを、具体的に発表してくれました。「先を取れ」を自分なりに解釈して「人より先に」と捉え、M君は次のような具体的なめざす姿を語ってくれました。「人より先に『おはよう』」「人より先に『ありがとう』」「人より先に『ごめんなさい』」などなど。聴いている先生方も、「う~ん、なかなか」と唸らされた、噛みごたえのある発表でした。

 3年生のKさん。静かな語り口ながら、自分を厳しく冷静に見つめ、その反省をひたむきに実行していきたいという、確かな思いが伝わってきました。先生方に良く言われる言葉―「声を出していても、それが小さかったら、相手に聞こえなかったのなら、それは声を出していないのと同じ」をひきあいに出し、迫りくる最後の中体連夏季大会へ参加するひとりの選手・人間としての自らの日々の姿を反省する発表でした。言い古されたことですが、「部活動での自分も、教室での自分も、家での自分も、他ならぬ『自分』」ということ。ひとり一人の生徒の皆さんの心に、確かに届く発表であったと思います。

dsc00243 「中学生らしさ」という言葉があります。「らしさ」ってのは実にクセモノの言葉です。しかし、今日の3人の生徒の皆さんの素直な訴えや主張を聴きながら、「ああ、これを『中学生らしい』というのだな」と得心しました。それは、「夢や希望という『灯』に憧れながら、でもうまくいかない自分に悩みながらも、確かにその『灯』の方向に歩んでいくさま」-ここに、私の心がふれ得たからだと思います。

 飯田東中学校には、確かに「本物の中学生」が、かけがえのない日々を送っているのだということを実感できた、15分間となりました。

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東中の宝① ―二宮金次郎像―

ca3a0862 本校正門を入ってすぐ右手奥に、ひっそりとたたずむ石像があります。かつて、全国の小学校には必ずと言っていいほど据え置かれていた、「二宮金次郎」像です。中学校の敷地内に「二宮金次郎」像があるというのは、珍しいことではないでしょうか。

 「二宮金次郎」像の台座にはめ込まれた碑文を読むと…前面の碑文には、「報徳」「至誠」「勤勉」の文字が。裏面の碑文には、「昭和16年12月8日」の日付と、4名ほどの寄進者の名前。「昭和16年12月8日」と言えば…太平洋戦争開戦の日です。過ぎ去った戦争の時代の足跡を確かに刻む、「二宮金次郎」像だとわかります。

 昭和16(1943)年と言えば、ここ東野の地に東野国民学校があった頃。前年昭和15年に、飯田尋常高等小学校(および飯田実科高等女学校)が開校。開校からわずか1年足らずで、戦時体制下の教育制度を整えるための施策として全国に設置された「国民学校」(小学校の名称が、この時に消えました)の1つとして、東野国民学校が設置されました。

ca3a08631 どのような経緯でこの「二宮金次郎」像が寄進されたのかは、詳らかではありません。しかし、戦後、多くの学校で奉安殿とともに撤去された例の多かった「二宮金次郎」像。それが、新制中学校である飯田東中学校に引き継がれ、以後、今日に至るまで失われずに残ってきたことに、さまざまな感慨がよぎります。

 「二宮金次郎」像の台座碑文にある「至誠」にしろ、「勤勉」にしろ、時代は移り変わっても、その時代に生きるひとり一人がその内実を問うに値する価値だと思います。明日は中体連下伊那大会のテニス個人戦が行われます。選手の皆さんには、明日1日、とにかく「至誠」の心構えを大切に、「勤勉」な姿を随所に示してほしいと思います。

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生徒は活気づき りんごは赤く色づく

ca3a0854 中体連下伊那大会まで、あと1週間。昼休みの中庭での応援合戦は、相変わらず熱を帯びながら続いています。また、放課後には各活動場所で、それぞれの部活が、声をかけあいながら、汗だくになって練習に励んでいます。まさに、学校全体が荒い呼吸をしながら、動きまわっているかの雰囲気です。

 

ca3a0853 東中生徒たちの、そんな活気づく姿を感じて取ってなのか、「りんごの並木」のりんごたちも、ほんのり赤く色づいてきました。その実には、夕べの小雨のしずくが、美しく光を放っていました。

 「りんご並木」もりんごの実も、もちろん黙して何も語りません。しかし、そのほの赤い実を見ていると、「東中の生徒たち、私も頑張って実を豊かにしているから、『今この時』に全力で励めよ」という励ましの声が聞こえてくるような気がしました。 

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