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飯田市立飯田東中学校

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飯田東中学校

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ロングトーンを聞きながら ―根深ければ枝葉枯れず―

ca3a0956 4日(土)の午後、2学年の親レクレーションが終わった体育館から、吹奏楽部の生徒の皆さんによるロングトーンが聞こえていました。7月26日に迫った吹奏楽コンクールにむけてより良い音を目指して精進する気魄が、ロングトーンにこもっているようでした。

 ロングトーンとは、管楽器奏者には必須の練習の1つで、「1つの音をできるだけ長く、正確に、美しく吹く」練習です。歌唱においても、管楽器演奏においても、1つの音の音程を正確に保ちながら、しかも「その人らしさ」のある音として、長く発し続けるということは、言うは易く行うは難しです。これは、単に息を吹き込めば音が鳴るリコーダーでもしかり、です。あんな単純な管楽器であるリコーダーであっても、その日の温度・湿度はもとより、奏者の吹き込む息の温度・湿度、楽器に触れる部分(唇や指先など)の温度、吹き込む息の量、口腔内での舌の用い方などなど、そういったわずかなことの微細な変化が即、音の良し・悪しにつながります。ですから、ましてやリード楽器であるクラリネットやオーボエ、ファゴット、熱伝導の良い金属で出来ている金管楽器などに至っては、その微細な差が、音程・音色の大きな違いとなって現われてしまいます。

 1つの楽器における小さな音のズレが、合奏においては大きな音のズレ=不協和な響きとなり、結果として濁りのきつい、到底、聴く人の心を動かすような音楽となって鳴り響くことはない―ここが、合唱にしろ合奏にしろ、「音楽」創り以前の、「音」創りの重要性なのだと思います。この小さな音のズレを生むのは、楽器奏者の奏法の巧拙ではなく、楽器奏者の心がけ・心がまえの巧拙・意識の高低如何なのだ、というところが、実は合唱や合奏という芸術表現の基盤となる部分だと、執筆子はいつも思います。

ca3a0955 池辺晋一郎さん(作曲家)がある雑誌の中で、こんなことを書いておられました。「合唱というのは、歌う者たちどうしによるコンセンサス(同意)作りに他ならない」。この言葉は、「合唱」という言葉を「合奏」「吹奏楽」という言葉に置き換えても、同じことが言えると思います。本校吹奏楽部の皆さんの日々の取り組みに、この言葉をあてはめて述べれば、「吹奏楽というのは、部員たちどうしによるコンセンサス作りに他ならない」。まさに、その通りではないかと思います。ロングトーンという基礎練習1つを見ても、それを行う奏者ひとり一人が、「1つの音をできるだけ長く、正確に、美しく吹く」という課題を意識し、それを誠実に実行するところに奏者全員によるコンセンサスが生まれ、そこに初めて「正確で美しい音」が鳴り響き、自分たちらしい「音楽」を創造する前提が築かれるはず、です。暑いさ中、蒸し暑い体育館で、それこそ立ちっぱなしでロングトーンを続け、顧問の先生やリーダーの指示にきびきびとした「はい」という返事で一斉に応える吹奏楽部の皆さんの姿を見て、東中吹奏楽部に創造性豊かな音楽創りの前提となる「コンセンサス」が生まれつつあるのではないか、という空気を感じました。

 鎌倉時代末に活躍した日蓮上人は、次のような言葉を残しています。「根深ければ枝葉枯れず、源に水あれば流れ干はかず」。これは、弟子に対して修行の心得を伝えた文章の中の一節で、基礎が確立していれば、どんなことがあってもびくともしない、ということを述べている言葉です。ロングトーンは、決して華やかで心躍る奏法練習ではないはずです。しかし、音作りの基本であるロングトーンを揺るがせにしたところで、人を感動させる音楽創りはあり得ないはずです。

 また、鎌倉時代初期に活躍した法然房源空上人は、次のような言葉を残しています。「一丈の堀を越えんと思わん人は、一丈五尺を越えんと励むべきなり」。あるいは道元禅師も、「深く耕して浅く植える」という言葉を、弟子の一人に語った言葉として残しています。ロングトーンという基礎練習を皮切りに、蒸し暑さも何のその、休日返上で練習に励む吹奏楽部の顧問の先生方、生徒の皆さん・支える保護者の皆さんの姿は、人を感動させる音楽創りという高み=「一丈五尺」を「越えんと励む」、「深く耕す」姿そのもののように思われます。

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