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飯田市立飯田東中学校

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飯田東中学校

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‘部活動’ カテゴリーのアーカイブ

7月~8月の飯田東中学校 ―生徒も職員も暑い中頑張っています―

1 1学年阿南キャンプ(7月10~11日)

 1年生86名が、郡内阿南町でキャンプ。

1日目。施設での木工制作、ウォークラリー、飯ごう炊さん、キャンプファイヤー。

2日目。阿南町新野での探求学習。「山野草・即身仏“行人様”」「農業」「伝統食(御幣餅)」「新野の盆踊り・雪祭り」グループにわかれて見学・体験学習。4年目になる取り組み。新野地区の皆さんのご協力のおかげで、本年度も豊かな学習に。

 

2 職場体験学習・福祉体験学習(東野の時間:総合的な学習の時間)第1クール(7月10~11日)

 2年生・3年生が、職場体験学習・福祉体験学習に取り組む。

飯伊地域各所で、2日間の体験。自分の個性を知るために、また福祉とは何かについて考えるために、体験を通じて学ぶ貴重な機会。次回は、8月27~28日の2日間。

 

 

 

3 2学年西駒ヶ岳登山(7月20日)

 2年生83名が、中央アルプスの西駒ヶ岳に登山。

大雨に降られることなく、無事に登下下山。千畳敷までロープウェーで上がり、八丁坂~中岳~西駒ヶ岳山頂は徒歩。

本年度、日帰り登山として実施。

 

 

4 バドミントン部北信越大会出場。壮行会行われる(7月26日)

 バドミントン部の4名が、8月8日に松本市で開かれる中体連北信越大会に出場することとなり、壮行会行われる。4名の健闘を祈って、全校挙げての応援、熱を帯びる。

 

 

 

 

5 1学期終業式(7月26日)

 1学期終業式。登校日数、76日間(2年生のみ77日間)。

大きな事故、ケガなく過ごせたことが何よりの幸い。

壬生学校長より、当たり前のように平和に暮らせることの有り難さをかみしめたい、との講話あり。「焼き場に立つ少年」(ジョー・オダネル氏撮影)紹介される。少年の眼差しの「むこう」に思いをはせたい。

 

 

6 親子並木作業・第50回東中会(7月29日)

 りんご並木で、朝6:30より親子並木作業実施。多くの保護者の皆さんのご参加により、飯田りんごん前にりんご並木をきれいに整えることができた。

午後、職員は第50回東中会に参加。東中会は、本校在職経験者によって作られた研修団体。本校勤務経験者からの講話、本校職員による研究発表、情報交換会などが行われる。

 

 

7 吹奏楽コンクール(7月22日)、NHK学校音楽コンクール地区大会(8月2日)、人形劇部公演(8月3日)

 吹奏楽部が、吹奏楽コンクール南信B大会に出場。銀賞受賞。

有志合唱団(昨年度より結成)が、NHK学校音楽コンクール地区大会第二部に出場。優秀賞受賞。

人形劇部が、人形劇フェスタにあわせて公演。

 

 

8 飯田りんごん参加(8月4日)

 第31回飯田まつり(飯田りんごん)に約230名が参加。りんごん踊りに2つの連(飯田東中学校A・B)合計160名が、東日本大震災被災地復興支援のためのアルミ缶回収活動に70名が参加。飯田東中学校Aがりんごん調和賞受賞。アルミ缶回収活動では、1万個を越えるアルミ缶が集まった。ご協力いただいた数多くの地域の皆さんに、多謝。

 

 

 

 

9 職員研修会行われる(救命講習会・読み合わせ会・先輩の話を聴く会)(8月8日)

 午前中3時間は、飯田広域消防羽場分署の方々を講師に、救命講習会を実施。ダミー人形を用いて、胸部圧迫・人工呼吸法による心肺蘇生法を学ぶ。

午後は、『西田幾多郎随筆集』(岩波文庫)を用いての読み合わせ会。「三宅真軒先生」「私の『人格の世界』について」を当番学年が朗読、レジュメをもとに解説。意見交換を行い、学問へのむきあい方や「非連続の連続」「私と汝とが絶対否定を通して限定する歴史的世界」など、西田哲学独自の概念についての理解を深めあった。その後、先輩の先生2名から、初任地であった秋山郷での教育について、フィラデルフィア補習授業校についてのお話あり。

 

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ロングトーンを聞きながら ―根深ければ枝葉枯れず―

ca3a0956 4日(土)の午後、2学年の親レクレーションが終わった体育館から、吹奏楽部の生徒の皆さんによるロングトーンが聞こえていました。7月26日に迫った吹奏楽コンクールにむけてより良い音を目指して精進する気魄が、ロングトーンにこもっているようでした。

 ロングトーンとは、管楽器奏者には必須の練習の1つで、「1つの音をできるだけ長く、正確に、美しく吹く」練習です。歌唱においても、管楽器演奏においても、1つの音の音程を正確に保ちながら、しかも「その人らしさ」のある音として、長く発し続けるということは、言うは易く行うは難しです。これは、単に息を吹き込めば音が鳴るリコーダーでもしかり、です。あんな単純な管楽器であるリコーダーであっても、その日の温度・湿度はもとより、奏者の吹き込む息の温度・湿度、楽器に触れる部分(唇や指先など)の温度、吹き込む息の量、口腔内での舌の用い方などなど、そういったわずかなことの微細な変化が即、音の良し・悪しにつながります。ですから、ましてやリード楽器であるクラリネットやオーボエ、ファゴット、熱伝導の良い金属で出来ている金管楽器などに至っては、その微細な差が、音程・音色の大きな違いとなって現われてしまいます。

 1つの楽器における小さな音のズレが、合奏においては大きな音のズレ=不協和な響きとなり、結果として濁りのきつい、到底、聴く人の心を動かすような音楽となって鳴り響くことはない―ここが、合唱にしろ合奏にしろ、「音楽」創り以前の、「音」創りの重要性なのだと思います。この小さな音のズレを生むのは、楽器奏者の奏法の巧拙ではなく、楽器奏者の心がけ・心がまえの巧拙・意識の高低如何なのだ、というところが、実は合唱や合奏という芸術表現の基盤となる部分だと、執筆子はいつも思います。

ca3a0955 池辺晋一郎さん(作曲家)がある雑誌の中で、こんなことを書いておられました。「合唱というのは、歌う者たちどうしによるコンセンサス(同意)作りに他ならない」。この言葉は、「合唱」という言葉を「合奏」「吹奏楽」という言葉に置き換えても、同じことが言えると思います。本校吹奏楽部の皆さんの日々の取り組みに、この言葉をあてはめて述べれば、「吹奏楽というのは、部員たちどうしによるコンセンサス作りに他ならない」。まさに、その通りではないかと思います。ロングトーンという基礎練習1つを見ても、それを行う奏者ひとり一人が、「1つの音をできるだけ長く、正確に、美しく吹く」という課題を意識し、それを誠実に実行するところに奏者全員によるコンセンサスが生まれ、そこに初めて「正確で美しい音」が鳴り響き、自分たちらしい「音楽」を創造する前提が築かれるはず、です。暑いさ中、蒸し暑い体育館で、それこそ立ちっぱなしでロングトーンを続け、顧問の先生やリーダーの指示にきびきびとした「はい」という返事で一斉に応える吹奏楽部の皆さんの姿を見て、東中吹奏楽部に創造性豊かな音楽創りの前提となる「コンセンサス」が生まれつつあるのではないか、という空気を感じました。

 鎌倉時代末に活躍した日蓮上人は、次のような言葉を残しています。「根深ければ枝葉枯れず、源に水あれば流れ干はかず」。これは、弟子に対して修行の心得を伝えた文章の中の一節で、基礎が確立していれば、どんなことがあってもびくともしない、ということを述べている言葉です。ロングトーンは、決して華やかで心躍る奏法練習ではないはずです。しかし、音作りの基本であるロングトーンを揺るがせにしたところで、人を感動させる音楽創りはあり得ないはずです。

 また、鎌倉時代初期に活躍した法然房源空上人は、次のような言葉を残しています。「一丈の堀を越えんと思わん人は、一丈五尺を越えんと励むべきなり」。あるいは道元禅師も、「深く耕して浅く植える」という言葉を、弟子の一人に語った言葉として残しています。ロングトーンという基礎練習を皮切りに、蒸し暑さも何のその、休日返上で練習に励む吹奏楽部の顧問の先生方、生徒の皆さん・支える保護者の皆さんの姿は、人を感動させる音楽創りという高み=「一丈五尺」を「越えんと励む」、「深く耕す」姿そのもののように思われます。

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「試合」とは「試し合い」のこと ―南信大会壮行会―

ca3a0932 26日(金)の朝の活動の時間、中体連南信大会壮行会が行われました。出場する個人・団体は、男女ソフトテニス部、柔道部、剣道部、水泳部、新体操部です。

 男女ソフトテニス部は岡谷市で、柔道部は辰野町で、剣道部は松川町で、新体操部は波田町で、それぞれ大会が行われます。月並みな言い方ではありますが、とにかく、選手の皆さんには、これまでの練習の中で培ってきた心・技・体を存分に生かし切った競技・演技をしてほしいと強く願います。

ca3a0934 壮行会に参加しながら、改めて「『試合』とは何か?」と、みずからに問うてみました。「試合」とは、文字通り「試し合う」ことに他なりません。では、何を「試」すのか?これもまた言うまでもありませんが、ふだんの練習の中で培ってきた「取り柄」なり「ウリ」なり「得意技」を「試」すことになるのでしょう。でも、ここでちょっと立ち止まります。これだけだったら、「試技」と表現すればいいはずです。でも、「試合」とわざわざ書くのはどうしててでしょうか?ここに、「試合」というものの本質が見えるのではないかと思います。つまり、「相手」なり「他者」の存在が、「試合」という言葉の背後にはちゃんとある、ということです。そう言えば「競技」ということばにも「競う」という、「他者との技のくり出し合い」という語感があることにも、気づきます。

ca3a0938 どんなスポーツ、どんな芸術的活動においても、ひとり一人の技能やパフォーマンスの向上には、実に孤独な「ひとりだけ」の、人知れぬ努力が不可欠でしょう。しかし、それらの活動そのものは、競技者・表現者の存在「だけ」では、それそのものが成り立たないという側面もあわせ持っています。つまり「自分以外の誰か」=「他者」の存在あってこその、その競技・その表現だ、ということです。ここに、競技中あるいは表現中における当事者どうしの「感謝の表われ」の必然性があるのだと思います。

 中体連南信大会に駒を進めた選手の皆さんは、壮行会で異口同音に、これまで取り組みに関わって下さった方々への「感謝の念」を語っていました。このことは、「試合」という言葉の背後にある意味をかみしめているからこそ、だと思います。どうか試合会場では、直接対面する、初めて出会い、ひょっとすると人生最後の出会いになるかもしれない「その人」への、「試合」という一期一会の出会いへの感謝を込めた、礼を尽くしてほしいと思います。それこそが、北澤校長先生が壮行会で話された「一流の姿」に迫るあり方なのではないかと思います。

 選手の皆さん、どうぞケガなく悔いなく爽やかに、飯田東中学校の代表としての「試し合い」、ぜひして来て下さい。

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学校目標「自主」の育つ場とは?

ca3a0921001 20(日)土曜日、飯田スイミングをお借りして、本校「水泳部」の皆さんが7月5日(日)に行われる中体連南信大会にむけて、自習練習を行いました。4名の「水泳部」員が1時間15分の間、ムダやたるみの一切ない、引き締まった練習を目の前で見せてくれました。

 「水泳部」と、なぜ「」づきで表すのか?それは、本校には正式な部活動として水泳部が存在しないからです。今回、中体連南信大会に出場する4名の皆さんも、校内では別の部活動に所属しています。しかし、同時にスイミングクラブに所属し、週に何日間もの厳しい練習を重ねているのです。

 本校には実は、「水泳部」以外にも、「新体操部」「陸上部」も存在しています。この「部」に所属している生徒の皆さんは、それぞれクラブチームや自主的な練習を重ねる中で実力を高め、中体連の大会には「飯田東中学校」の代表として参加しています。また、中体連加盟の部活動以外に、バレエやバトンなどの競技にいそしんでいる生徒の皆さんも、実はいるのです。

ca3a0919 「水泳部」の皆さんの練習する姿を見ながら、ふだん見知っている生徒さんであるにもかかわらず、その言動が、何かすごく大人びて見えることに気づきました。今回、執筆子はたまたま、「水泳部」員のKさんやTさん、Sさんに「先生、練習を見に来てよ」と誘われて、単純にその場に居て、ただ見ていただけの役目です。ですから、「水泳部」員の皆さんは、純粋に彼らだけの思考と判断に従って、1時間15分間の練習時間を充実したものにしたわけです。どうして、こんな自主性に富んだ姿が生まれたのでしょうか?

 ふと、プール脇のホワイトボードに貼られた言葉が目に入りました。「ああ、これか」と思いました。そこには、こんな言葉が記されていました。

 今こそ出発点

 人生とは毎日が訓練である

 わたくし自身の訓練の場である

 失敗もできる訓練の場である

 生きているを喜ぶことのできる訓練の場である

 今この幸せを喜ぶこともなく

 いつどこで幸せになれるか

 この喜びをもとに全力で進めよう

 わたくし自身の将来は

 今この瞬間 ここにある

 今ここで頑張らずにいつ頑張る

 「水泳部」の皆さんは、この言葉の尊さを知っているコーチや仲間たちと、学校ではない「学校」で、日々学びを深めているのでしょう。そして、その学びを学校でも活かし、伸ばし、豊かにしているからこそ、「先生」に象徴される「大人」に頼ることなく、「わたくし」を頼りとして話しあい、支えあい、動くことができたのでしょう。

 本校の学校目標の1つである「自主」の現われを、蒸し暑い屋内プールの中で確かに見ることのできた1時間15分に感謝です。

 「水泳部」の皆さん、そして、その他の競技・活動で「飯田東中学校」代表として頑張っているすべての皆さん。晴れ舞台での健闘を祈ります。

(さらに…)

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感動は人生の窓を開く ―中体連下伊那大会終わる―

dsc00261 13(土)と14日(日)、中体連下伊那大会が盛夏の日差しの中、下伊那地区の各会場で行われました。本校からは、野球・男女テニス・男女バスケット・女子バレー・柔道・剣道・サッカーの各部が出場し、これまでの練習の成果を発揮すべく、懸命にプレーしました。

 執筆子は、サッカー部の引率応援で2日間、喬木中学校・松川中学校の試合会場に詰めていました。サッカー部の皆さんは、3年生のS部長のリーダーシップのもと、実にまとまりのある行動をし、引き締まった試合をくり広げてくれました。また特筆すべきは、1年生の応援です。わずか6名程度の人数ながら、大集団である緑ヶ丘中学校の応援団に引けをとらぬ応援ぶり。実に天晴れな姿でありました。

dsc00254 13日(土)は、竜東中学校に1-0で勝利。その後、緑ヶ丘中学校に3-1で敗北。14日(日)は、飯田西中学校と対戦。「保護者が燃える東西対決」とは聞いていましたが、やはり、お母さん方の声援には、前日の応援以上の熱気が感じられました。さらに、応援にかけつけた本校職員による叱咤激励も加わって、サッカー部の皆さんのやる気も増したのでしょうか。同点終了の後のPK戦で、2-0の結果で飯田東中が勝利。松川中学校会場での試合進出となりました。

dsc00300 会場を移しての対戦。相手は、喬木中学校。前半2点を奪われ、後半にも1点の追加点を許してしまいました。しかし、後半終盤、コーナーキックのボールに3年生K君がヘディングであわせ、それがゴール。貴重な1点が入りました。K君は前日の試合でも、見事な3人抜きドリブルを見せるなど、出色の活躍がありました。試合結果は…3-1で敗北。残念ながら、中体連夏季大会は下伊那大会で終幕となりました。

 本校から南信大会へ進むのは、女子テニス部団体(下伊那地区8位)、男子テニス個人、柔道部団体・個人、剣道部個人の皆さんです。その他の部活動の3年生の皆さんは、これで3年間の部活動の幕引きとなります。しかし、全ての会場で、先のK君のような光る姿が見られたということは、昨夜行われた、本校職員による戦績報告会での顧問の先生方からの涙ながらのお話に、余すところなく語られたところです。

dsc00249 「感動は 人生の窓を開く 椋鳩十」

 この言葉は、喬木中学校校門傍にあった石碑に刻まれていた言葉です。まさに、中体連下伊那大会の各競技会場でくり広げられた「感動」は、競技生活に一区切りをつけた生徒の皆さん、顧問の先生方、保護者の皆さんのこれからの「人生」にとって、新たな「窓を開く」ことにつながるものだったのではないでしょうか。

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心と心が呼応したステキな壮行会

ca3a08951 12日(金)の放課後、中体連下伊那大会壮行会が行われました。

 応援団長M君の校旗先導のもと、吹奏楽部の皆さんが演奏する「栄光の架け橋」のメロディーに乗せて(吹奏楽部の皆さんのご苦労とがんばり、本当に立派でした。ステキな演奏をありがとうございます)、選手団は堂々と体育館に入場しました。大人っぽい体つきの3年生選手の中に混じって、かわいらしい姿の1年生選手もちらほらと見えました。

 

ca3a0903 エール・応援歌・校歌の後、各部代表の挨拶がありました。各部とも、工夫とやる気と緊張感に満ちた挨拶が続きました。見ていて、本当に清々しい気持ちになりました。以前にも書きましたが、「本物の中学生が、やはり東中にはいるなあ」と再確認しました。

 北澤校長先生からは、大変大きく力のこもった声で、選手団への激励の言葉がありました。

 

ca3a0905 一つ 勝負にこだわれ

 一つ 下をむくな

 一つ 歯をくいしばって、球を拾え、球を追いかけろ

 一つ 眼光鋭く 相手をにらめ

 一つ 走って 走って 走り抜け

 一つ 負けたら悔いが残る 勝利にこだわれ しかし、敗れて結果が出たなら、堂々と学校へ帰れ

 選手の皆さんにはぜひ、この言葉を肝に銘じて、それぞれの競技で、それぞれのせい一杯を尽くしてほしいと強く願います。

ca3a0901 選手団代表のS君からは、選手団降壇直前、中体連下伊那大会の「応援ポスター」を描いてくれた美術部の皆さんへのお礼の言葉もありました。このことは、本校の学校目標の1つである「愛他」の気持ちが、まさに呼応した瞬間であったと思います。こういった雰囲気のあふれる学校の部活動こそ、「真の勝利者」たる資格があるのだと思います。

 がんばれ、「真の勝利者」たる資格を持つ、東中生。

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「素直な心」と「確かな技」の実現するもの

ca3a0885 中体連下伊那大会直前の校舎内。確かに静けさに包まれている教室がほとんどです。しかし、2棟3階と4階だけは、そんな静けさとは無縁。むしろ、熱い盛りの体育館や校庭と同じく、熱い血潮ならぬ熱い音がこだましています。7月26日のコンクールにむけ練習に余念のない、吹奏楽部の皆さんがそこにいるから、です。

 ある教室では、1年生のK君がメトロノームを「伴走者」に、一心不乱にスネアドラムをたたく姿がありました。教室で見るK君とは、一味違う真剣さが漂っていました。

ca3a0887 またある教室では、木管楽器セクションの皆さんが、鳥のさえずりを思わせる音色(まだまだ、時にそうでない音色も聞こえますが…)で熱心にパート練習を行っていました。その隣の教室では、金管楽器セクションの皆さんが、本当に気持ちよさそうにそれぞれの楽器を奏でていました。

 

 

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 そんな様子を見終わって下の階に降りようと、ふと階段を見上げると…整然と並べられた吹奏楽部員の皆さんのカバンと上履きが目に飛び込んできました。こういった何気ないところへの心配りが、楽譜という複雑な世界に込められた、作曲者のさまざまなねがいや意図、気づかい・心配りをすくい取る「心の網」になるんだろうなあ、としみじみ思わされます。

 人を感動させる音楽というのは、楽譜の意味を正しく読み取ること=作曲者のねがいや意図、気づかい・心配りを正しく受け止めること、つまりそのことの核心である「素直な心」と、その受け止めたものを正確に表現する技能(歌い方・奏で方)、つまりは「確かな技」の両方があいまって、創造されるものだと思います。

ca3a0886 このことは別に、吹奏楽部の皆さんだけに求められることではなく、今、熱い血潮を体育館や校庭でたぎらせている、運動部の皆さんにも同じように求められるものだと思います。「素直な心」を常に持ち、「確かな技」を身につけるための努力を積み重ねたその向こう側に、「美しい音」や「感動的な結果」が見えてくるのではないでしょうか。

 

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たたかいは孤独なものにあらず ―みんなが支える下伊那大会―

ca3a0881 今週末、いよいよ中体連下伊那大会です。各部活とも、活動場所から離れたところで様子を見ていても、熱い血潮を感ずる、そんな月曜日です。選手の皆さんも補欠の皆さんも、また応援の皆さんも、それぞれが大切な「役目」を果たすひとり一人だということを肝に銘じて、月並みな言葉ですが、残りの日々を完全燃焼で過ごしてほしいと強く願います。

 

ca3a0880

 そんな熱気と活気にあふれる体育館と校庭と対照的な場所が、校舎内。その校舎内で、美術部の皆さんが、図書館前の掲示板に色とりどりのポスターを貼る姿がありました。

 「中体連応援ポスター」と題して、美術部の皆さんが手分けをして、中体連下伊那大会に参加する部活の皆さんへのエールの気持ちを込めた作品です。どのポスターにも、美術部の皆さんひとり一人の、仲間の活躍を強く願う思いが、色づかいや構図、ポスターのキャッチフレーズに込められています。

ca3a0884 中体連下伊那大会に参加する各部活の皆さんは、ここまで、他人には言えない苦しみや悩みを味わいながら、孤独に練習を積んできたこともあったと思います。しかし、大舞台が迫ってきた今だからこそ、ちょっと立ち止まって、心を落ち着けて、自分の周りを見回してみて下さい。校舎内の片隅に、派手ではありませんが掲示された「応援ポスター」のように、黙したままで雄弁にものを語らずとも、実は実は、下伊那大会に参加する皆さんを熱く強く応援する「ひと・もの・こと」が確かにあるはずです。

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部活対抗応援合戦 ―下伊那大会の「前哨戦」?―

ca3a0848 昼休みの中庭から、大変にぎやかな歌声やエールの声が聞こえてきます。部活動対抗の応援合戦がくり広げられています。昨日1日(月)は女子バレー部と女子テニス部の対抗戦。さてさて、軍配はどちらに…?

 2日(火)の昼休みは、野球部とサッカー部の対抗戦。野球部は、お得意のメガホンを両手に、ハイテンポの校歌に応援歌、さらには、野球部オリジナルの応援歌を声高らかにがなっていました。対するサッカー部は、メガホンはないものの、部員全員の拍手を「鳴り物」に、楽しくにこやかに校歌やサッカー部オリジナルの応援歌を歌っていました。さて勝敗は…なんて下世話なことはいいません。大切なのは、下伊那大会を気持ちの上で盛り上げる、その「前哨戦」であるという意識ca3a0850だと思います。

 

 

 

 

 

 

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 応援合戦の舞台となっている中庭は、「先哲の庭」と呼ばれます。そこには、日本近代の日本画界を代表する画家・菱田春草の胸像が据え置かれています。この応援合戦の様子を見ながら、ふだんは静かにたたずむ春草も、勝ち気で気性の意外と激しかったという性格をあらわにして、楽しそうに興奮して生徒の皆さんを見ているやもしれません。

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