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飯田市立飯田東中学校

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飯田東中学校

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2009 年 8 月 のアーカイブ

「祭りの本質」に迫れる東中生でありたい ―りんごん参加に思う―

CA3A1017 8日(土)、夏の飯田の風物詩となっている「飯田まつり・りんごん」(以下、「飯田りんごん」)が行われました。「飯田りんごん」は、県内各地で8月初旬に行われる、「連」と呼ばれるグループが数多く参加する踊りの祭典の1つです。県内では、長野市の「長野びんずる」(1971年から)、上田市の「上田わっしょい」(1972年から)、松本市の「松本ぼんぼん」(1975年から)などが知られていますが、「飯田りんごん」(1982年から)も28回を数える歴史ある踊りの祭典です。

 本校では、全校生徒のほとんどが「飯田東中学校連」として「飯田りんごん」に参加。学区内での大イベントでもありますし、何よりも本校と飯田市民が生み育ててきた「りんご並木」に由来する名称を冠した祭りですから、本校生徒がこの祭りに主体的に関わるのは、ある意味当然、かもしれません。その証拠でしょうか、歩行者天国となった「丘の上」を、踊りながら練り歩く本校生徒たちに、沿道やすれ違う他の連の皆さんから「東中、がんばれ!」「飯田東、いいぞ!」「俺も卒業生だ。頼むぞ!」と言った、温かで元気の出る声援をたくさんいただきました。(そんな温かな声援に勇気をいただき、執筆子も大声とオーバーな身振り手振りでのりんごん踊りをなりふり構わずやりながら、およそ「引率・指導」という言葉からはかけ離れた姿をさらしておりました…)

CA3A1018 大うちわを手に、「りんごん、りんごん、ほい、おいなー!」と叫びながら、「飯田東中学校連」の踊りの列の前に後に、行ったり来たりしながら踊り飛ぶ学友会役員の皆さん。無邪気に、しかし汗をだらだら流し、絶叫しながら周りの仲間を巻き込んで楽しく踊りまくる1年生のIさん、Sさん、H君、S君。「先生、私と先生とどっちが高く飛べるか競争しよう!」と執筆子に声をかけてくれ、明るく楽しく踊り歩く2年生のMさん。挙げればキリのないほど、本当に多くの東中生の皆さんの、恥ずかしさを捨てて、「今、ここ」を楽しむ気持ちで参加する姿=稚心(ちしん:幼子の心)に戻った姿が見られました。そしてこの姿こそ、参画というのでしょう。なぜなら、彼ら・彼女らのそういった姿の集積が、「飯田りんごん」の真髄である「市民が創る祭り」の実現された姿そのものだからです。

 ただ、そういった「市民が創る祭り」への積極的な参画の姿が見られた一方で、東中生の皆さんには目を背けず、ぜひ克服してほしいと感ずる姿も見られました。このことは、今回の「飯田りんごん」への参加に関わって、素直に反省したい点だと思われました。

CA3A1021 「飯田りんごん」への参加のあり方についても、今回の参加による成果と課題を職員・学友会がともどもに確認しあう中で、検討を続けていくことが大切だと思われました。一番最初に書きましたが、「飯田りんごん」は、「飯田まつり・りんごん」が正式名称です。ですから、「飯田りんごん」は、「祭り」なわけです。ですから、「祭り」とはそもそも何なのか?という観点から、参加のあり方について考えを深めていきたいものです。

 本来、祭りというものは、ある集団に属する人たちが、自分たちを守ってくれる存在・自分たちが大切にしているもの(伝統的な祭りにおいては「神(仏)」がその対象)のために、その祭りならではの流儀に従いつつ、人力・財力・時間を惜しみなく動員して行う大プロジェクトです。ですから、祭りに参加する者は、祭りそのものについての理解はもとより、祭りそのものを大切に思う気持ちや、祭りそのものを「自分が担うんだ」という強い参画意識を共有しなければならないはずです。そういった、「祭りの本質」から見た時、本校生徒の「飯田りんごん」への参加のあり方というのは、どのような水準にあるのか?―ここへ真摯に向きあう姿勢のないところに、「飯田りんごん」の名称の由来ともなった「りんご並木」を生み育ててきた本校が、この祭りに参加する意義は生まれないと思います。

CA3A1020 「お祭は楽しまないと。いろいろな人が、いろいろな仕方で祭りに参加すれば、それでいいのでは?」―「祭り」をただのイベントと捉えれば、この言葉におかしなところは1つもありません。ただし、「祭りの本質」は何か?という観点から見た時、この言葉には問題が出てきます。祭りとは、「その祭りならではの流儀に従いつつ、人力・財力・時間を惜しみなく動員」することを、その本質とするものです。「飯田りんごん」は「祭り」なのですから、「ならではの流儀」があります。それは、「りんごん踊り」です。そして、その「りんごん踊り」を「人力・財力・時間を惜しみなく動員」して実践する―これが、「飯田りんごん」を「楽しむ」ということのはずです。ここから外れた「飯田りんごん」はないはずです。

CA3A1022 しかし思えば、今に伝えられる古いお祭にも、「産まれたばかりの頃の姿」があったわけです。来年の3月に行われる地元・大宮諏訪神社の式年大祭「お練」にも江戸時代以来の歴史があり、新野の雪祭りにも600年の歴史があり、遠山の霜月祭りにも800年の歴史がありますが、それらにだって「産まれたばかりの頃の姿」が、間違いなくありました。そして、祭りに携わる人々の存在とその歴史の積み重ねが長く確かにあったからこそ、「今に伝わる立派な姿」もあるわけです。「飯田りんごん」には、まだ28年の歴史しかありません。飯田東中の「飯田りんごん」への今のような関わり方にもまだまだ浅い歴史しかありません。つまり、「飯田りんごん」と本校のそれへの関わりは「産まれたばかりの頃の姿」そのものなわけです。ですから、私たちは焦る必要はない、とも言えます。今後も「祭りの本質」と、その時々の生徒の皆さんのねがいや思いをすりあわせていく中で、祭りへの関わりという歴史をひとつ一つ積み重ねていけばいい、そう思います。りんごん踊りのかけ声も、そんな東中生を常に待っていてくれるはずです。

 「りんごん、りんごん、ほい、おいなー!」(りんごんだよ、りんごんだよ、さあ、おいで!)

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